アスリートの自立支援をめざして

コンセプト
アスレティクス・ジャパン誕生の背景

2005年、東海大学で陸上の指導していた高野進は、卒業後に競技を続けたくても続けられない選手たちを目の前にして悩んでいました。これからまだまだ競技力は向上する。競技者としての志を全うさせてあげたい。
そう思い、コーチをしていた高野進は幾つもの企業に頭を下げて、選手としての採用をお願いして回りました。
しかし、オリンピックに選べれるレベルの選手でなければ、採用の道は開けてきません。そこで、高野は大学に兼業願を出し、自らが企業して選手たちを雇用しようと考えました。
最初に手掛けた仕事はイタリアンレストランに開業です。

当初アスリートの栄養指導していただいていた石川三知氏のプロデュースで本厚木駅南口徒歩1分の場所にイタリアンレストランをオープンしました。

そこで、選手たちは日中練習を行ったあと、夕方からレストランでホールの仕事などを行ってもらい、売りげから給料を支払っていました。

しかし、接客業は思いの外ストレスも多く、また勤務時間も夜遅くなることもあり、選手たちの成績は芳しくありませんでした。

陸上の指導を仕事に

2006年、本厚木のレストランに日産スタジアムの管理する横浜市体育協会の関係者の方が訪れました。そこでの話は、日産スタジアムでウィークデーに陸上教室を毎週開催できないかという依頼でした。

すでに東海大学においてかけっこ教室を実施していた経験を活かし、2007年1月日産スタジアムアスレティクスアカデミー(NSAA)を開校することとなりました。火曜日、水曜日、木曜日の週三回の開校です。

レストラン業務に当たっていた選手たちは、日産スタジアムでの指導に業務をシフトし、自分たちの経験と、その後に勉強して身に付けた指導力を活かして熱い指導を始めるようになりました。

レストランはシェフの腕もよく、料理は好評で固定客も増えて行きましたが、選手の働く場の提供という役割を終えたということで、5年間営業を続けた後、閉店することとなりました。

※NSAAのHPより

 

アスレティクス・ジャパンのこれから

現在アスレティクスアカデミーは北海道を始め、日本6ヶ所で開校し、総会員数も700名を超えています。

そこで、当初代表を努めていた高野進はNPO法人を立ち上げ、理事長として多くの子供たちに走ることの魅力を伝えています。そして、アスレティクス・ジャパン株式会社の代表として高野香織が引き継ぎ、選手たちの支援を継続して実施しています。

陸上部としてもアスレティクス・ジャパンを創部し、日本陸連に登録して選手を派遣しつつ、選手の持つ能力を最大限に引き出すための勉強会・研修会も積極的に実施し、これからは選手のもつ様々なポテンシャル伸ばしています。

今後も、選手自らの競技力向上はもとより、社会に貢献し、感動を与えられるようなアスリート養成を目指して活動してまいりたいと考えておりますので、是非彼らの活動を応援していただけましたら幸いです。

 

 

アスレティクス・ジャパン代表 高野香織 

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